大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)8434号 判決 1988年3月30日
原告
古澤照男
右訴訟代理人弁護士
中道正広
被告
株式会社エフエム大阪
右代表者代表取締役
山田稔
被告
ダイキン工業株式会社
右代表者代表取締役
山田稔
右被告両名訴訟代理人弁護士
畑良武
同
里田百子
同
小野健二
主文
一 原告と被告らとの間において、原告が別紙株式目録記載の株式を所有していることを確認する。
二 被告株式会社エフエム大阪は原告に対し、前項の株式につき原告名義に書換手続をせよ。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告株式会社エフエム大阪(以下「被告エフエム大阪」という。)の発行にかかる別紙株式目録記載の株式(以下「本件株式」という。)は、もと訴外坪井一夫(以下「坪井」という。)の所有であつたが、坪井と原告との間の訴訟上の和解(大阪地方裁判所昭和六〇年(ワ)第三七一二号、第一〇二三三号事件)により、原告の所有となつた。
2 本件株式は、その譲渡をなすには被告エフエム大阪の取締役会の承認を要する、いわゆる譲渡制限株式である。
3 そこで原告は自己の名において被告エフエム大阪に対し、昭和六二年七月二七日到達の同月二五日付書面をもつて、本件株式につき坪井から原告への譲渡承認及び譲渡を承認しない場合には他に譲渡の相手を指定するよう請求(以下「譲渡承認等請求」という。)した。
4 被告エフエム大阪は右請求を受理し取締役会の審議をなしたうえ、原告に対し、昭和六二年八月三日到達の同年七月三一日付書面をもつて、本件株式につき、原告への譲渡をしない旨及び原告が本件株式を譲渡すべき相手として被告ダイキン工業株式会社(以下「被告ダイキン工業」という。)を指定する旨通知した。
5 そして、被告ダイキン工業から原告に対し、本件株式の売渡請求のないまま右通知の日から一〇日が経過したので、商法二〇四条ノ三第三項、二〇四条ノ二第三項により原告の本件株式の譲渡承認等請求については被告エフエム大阪の取締役会の承認があつたものとみなされた。
6 しかるに、被告らは原告が本件株式を所有することを争い、被告エフエム大阪は原告名義に書換手続をなさない。
7 よつて、原告は被告らとの間において本件株式を原告が所有することの確認を求めるとともに、被告エフエム大阪に対し本件株式につき原告名義に書換手続をなすことを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、被告エフエム大阪の発行にかかる本件株式が、もと坪井の所有であつたことは認め、その余の事実は知らない。
2 請求原因2の事実は認める。
3 請求原因3の事実は認める。但し、株式の譲渡承認等請求をすることができる者は、商法二〇四条ノ二第一項の文言から明らかなように株式を譲渡しようとする株主で、かつ株主名簿上の株主に限られるところ、本件株式の譲渡人で、かつ被告エフエム大阪の株主名簿に本件株式の株主として記載されているのは原告ではなく、前記坪井である。
4 請求原因4のうち、被告エフエム大阪が譲渡承認等請求を受理し取締役会の審議をなしたうえ、原告に対し、昭和六二年八月三日到達の同年七月三一日付書面をもつて、本件株式につき、原告への譲渡を承認しない旨通知したことは認め、その余の事実は否認する。
すなわち、被告エフエム大阪は実質株主原告名義でなされた坪井から原告への本件株式の譲渡承認等請求につき、原告が本件株式の売買処分権を有するか、あるいは本件株式の売買処分につき、坪井を代理する権限を有するものではないかと慮り、昭和六二年七月三一日付で坪井に対し、前記譲渡承認等請求は承認しないこと及び坪井が本件株式を譲渡すべき相手(以下「被指定者」という。)として被告ダイキン工業を指定したことを通知し、これと並行して念のため原告に対しても坪井と同内容の通知をなしたに過ぎず、従つて、また原告を譲渡株主として譲渡すべき相手を被告ダイキン工業と指定したものではない。
5 請求原因5のうち、原告に対し、本件株式の売渡請求のないまま、前記通知の日から一〇日が経過したことは認め、その余の主張は争う。
すなわち、被指定者である被告ダイキン工業は、昭和六二年八月六日前記坪井に対し、商法二〇四条ノ三第一項、二項に則り、本件株式の売渡請求をなした。
6 請求原因6の事実は認める。
三 抗弁
原告は、遅くとも昭和六二年八月四日到達の書面をもつて被告エフエム大阪に対し、同年七月二五日付でなした本件株式の譲渡承認等請求を撤回する旨の意思表示をなした。
したがつて、本件株式は坪井の所有のままであり、原告の所有となつたものではない。
四 抗弁に対する認否
原告が遅くとも昭和六二年八月四日到達の書面をもつて被告エフエム大阪に対し、同年七月二五日付でなした本件株式の譲渡承認等請求を撤回する旨の意思表示をなしたことは認めるが、本件株式が坪井の所有のままであり、原告の所有となつたものでないとの点を争う。
株式の譲渡承認等請求は会社に対し、株式譲渡の承認又は不承認の場合の譲渡の相手の指定を求めるものであるから、会社が右請求を受けて取締役会を開催し、その決議をなした後(遅くとも会社が右決議内容を譲渡承認請求者に通知した後)には、もはや右請求の撤回はできないというべきである。本件では、前記のとおり、原告の譲渡承認等請求の撤回は被告エフエム大阪が原告に対し、譲渡不承認の通知をなした後になされており、右撤回は無効である。
したがつて、本件株式の譲渡承認等請求の効力は有効であり、本件株式は原告の所有となつたものである。
五 再抗弁
1 原告は昭和六二年八月一二日被告エフエム大阪に対し、同被告が原告の前記の譲渡承認等請求の撤回の効力を認める旨原告に通知することなく五日が経過することを停止条件として前記請求の撤回を撤回する旨の意思表示をなした。その後、被告エフエム大阪から右請求の撤回の効力を認める旨の通知がないまま五日が経過し、右停止条件が成就した。
2 被告らは、右のとおり、原告が本件株式の譲渡承認等請求を昭和六二年八月四日撤回したにも拘わらず、右撤回を無視して同月七日売渡請求をなし、また、1項記載の原告の通知に対しても何ら回答することなく手続を進行させてきており、本訴訟に至り、前記請求の撤回の効力を認めると主張するのは、禁反言の法理若しくは信義則に反し許されないというべきである。
六 再抗弁に対する認否
いずれも争う。
第三 証拠<省略>
理由
一1 請求原因1の事実のうち、被告エフエム大阪の発行にかかる本件株式がもと坪井の所有であつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、昭和六二年六月一〇日坪井と原告との間の訴訟上の和解(大阪地方裁判所昭和六〇年(ワ)第三七一二号、第一〇二三三号)により、本件株式が原告と坪井との間では原告の所有であることが確認されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、原告と坪井との間においては原告が本件株式を所有するに至つたものというべきである。
2 請求原因2の事実は当事者間に争いがない。
3 請求原因3の事実は当事者間に争いがない。
ところで、被告らは商法二〇四条ノ二第一項の株式の譲渡承認等請求は株式を譲渡しようとする株主で、かつ株主名簿に記載された者に限つてなしうる旨主張するので判断するに、右請求をすることができる者は、株式を譲渡しようとする株主であることを要し、かつ株主名簿上に記載された株主に限られるものとはいえず、株式の譲受人が自己の名において右請求をすることもまた妨げられないと解するのが相当である。けだし、商法二〇四条一項但書が株式の譲渡制限を会社に許しているのは、もつぱら会社にとつて好ましくない者が株主となることを防止することができるようにするところにあるが、他方株主にとつては株式譲渡による以外に投下資本を回収する方法がなく、従つて、株式の譲渡が本来自由であるべきことを考え合わせると、会社がその譲受人から譲渡承認等請求を受けたとき、同人に株主資格を認めることを希望しないときには同法二〇四条ノ二第二項の規定に従い譲渡の相手方を指定すれば足り、それ以上に同法二〇四条ノ二ないし四の規定に従つて投下資本の回収を図る道を譲渡人あるいは株主名簿上の株主に限定し、譲受人をその道から排除しなければならないとする理由を見出しがたいからである。また、譲渡制限株式の譲渡は会社に対する関係では効力を生じないが、譲渡当事者間においては有効と解されるところ、譲渡制限株式を譲受けた者が自己名義で譲渡承認等請求をなしえないとすると、同人は譲渡人が右請求を怠る場合に備えて代理委任状などを入手しておかねばならず、また譲渡人の代理人として右請求をなした場合、会社の譲渡承認の通知、譲渡不承認及び譲渡の相手の指定の通知、被指定者の売渡請求などが名簿上の株主である譲渡人になされるおそれがあるから、右通知などが確実に自己宛になされるよう事前に措置を講じておく必要があり、かように事後の手続が甚だ繁雑となり、譲受人は譲渡人との間で有効に株式上の権利を取得したにもかかわらず、その投下資本回収の道を著しく阻害される結果となる。また、株主名簿の制度は会社が多数のしかも変動する記名株主の権利行使を認め、又は促す際に会社の便宜のため大量的、画一的処理を認める技術的措置であり、株式の譲渡承認等請求は株主たらんとする者と会社との個別的関係で、かつ株主の権利行使の前段階の問題であるから、右請求に対し会社が株主名簿の記載に従い単純に画一的処理をなせばよいということはできない。そして、株式の譲渡承認等請求を承認した会社はその譲受人が名義書換の手続を求めたとき株券の提示を求めて同人が真の株主かどうかを確認し(商法二〇五条二項参照)、被指定者は、商法二〇四条ノ三第四項に従う譲受人による株券供託の有無を確認することで真の株主かどうかを判断することができ、この点では譲渡人からの請求の場合と何等相異するところはなく、関係者に不測の損害を被らせる虞れはない。商法二〇四条ノ二第一項の文言上「株式ヲ譲渡サントスル株主」とあるのは、当事者間の合意による株式譲渡については、通常譲渡人は譲受人のために会社に対し譲渡承認等請求をなすべき義務があり、株式の譲渡前に右請求をなすのが普通であるという一般的な場合を想定して規定されたに過ぎず、譲受人からの譲渡(受)承認等請求を排斥する趣旨ではないというべきである。
以上のとおり、原告は本件株式の譲受人として自己の名をもつて被告エフエム大阪に対し、商法二〇四条ノ二の規定に基づく譲渡承認等請求をすることができるものといわなければならない。
4 請求原因4の事実のうち、被告エフエム大阪が譲渡承認等請求を受理し取締役会の審議をなしたうえ、原告に対し、昭和六二年八月三日到達の同年七月三一日付書面をもつて、本件株式につき、原告への譲渡を承認しない旨通知したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告エフエム大阪は、原告に対する右書面において原告が本件株式を譲渡すべき相手として被告ダイキン工業を指定したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
5 請求原因5のうち、原告に対し、本件株式の売渡請求のないまま被告エフエム大阪の譲渡不承認の通知の日から一〇日が経過したことは、当事者間に争いがない。
被告らは、被指定者である被告ダイキン工業が昭和六二年八月六日前記坪井に対し、商法二〇四条ノ三第一項、二項に則り、本件株式の売渡請求をなした旨主張するが、前記認定説示したとおり、本件株式の譲渡承認等請求は原告が自己の名において適法になしたものであり、従つて、被指定者の売渡請求も原告に対しこれをなすべきであるから、被告らの右主張は失当というほかはない。
6 請求原因6の事実は当事者間に争いがない。
二そこで、抗弁につき判断する。
1 原告が遅くとも昭和六二年八月四日到達の書面をもつて被告エフエム大阪に対し、同年七月二五日付でなした本件株式の譲渡承認等請求を撤回する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。
2 ところで、株式の譲渡承認等請求は株式の譲渡人又は譲受人から会社に対し、株式譲渡の承認又は不承認の場合には会社の取締役会に譲渡の相手の指定を求めることであるが、後者は実質的には株式の売買の申込みに当たり、被指定者の売渡請求(商法二〇四条ノ三第一項)はこれに対する承諾に当たると解されるところ、会社が譲渡承認等請求を受けてからその譲渡承認又は不承認及び被指定者の指定の通知をなすには右請求の日より二週間以内になすことを要し(同法二〇四条ノ二第二項)、更に被指定者が売渡請求をなすには会社の不承認の通知の日より一〇日以内になすことを要し(同法二〇四条ノ三第一項)、右期間を徒過したときはいずれも株式の譲渡につき取締役会の承認があつたものとみなされる(同法二〇四条ノ二第三項、二〇四条ノ三第三項)など会社や被指定者については応答の期間が厳格に法定されていること、通常承諾期間を定めてなした契約の申込みは取消(撤回)すことができないこと(民法五二一条一項)、会社は、前記のとおり、定款で譲渡制限株式を定めることで会社にとつて好ましくない者が株主となることを防止することを図ることができるが、具体的には譲渡承認等請求がなされた際にその機会を得、被指定者を指定することでこれを実現することができることなどを総合勘案すると、株式の譲渡承認等請求は会社がその請求を受けた後にはその撤回が許されないと解するのが相当である。
これを本件についてみるのに、原告は、被告エフエム大阪が譲渡承認等請求を受けた後にその撤回をなしていることが明らかであり、右撤回の意思表示は無効といわざるを得ず、結局抗弁は理由がない。
3 したがつて、本件株式の譲渡承認等請求は商法二〇四条ノ三第三項、二〇四条ノ二第三項により被告エフエム大阪の取締役会の承認があつたものとみなされ、原告は本件株式の所有を、被告らとの関係においても対抗しうるに至つたものというべきである。
三よつて、原告の本訴各請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官小北陽三 裁判官佐野正幸 裁判官堀毅彦)
別紙株式目録
会社名 旧商号 大阪音楽エフエム放送株式会社
現在 株式会社エフエム大阪
総株式数 一万株
株券の種類 一〇〇〇株
額面金額 五〇万円
株券の枚数 一〇枚
記号番号 A第〇〇一〇一号ないしA第〇〇一一〇号
名義人 坪井一夫